哲学の芽生え
娘と一緒にアニマル病院へ行ってきた。私が風邪をひいたから......ではないっ! ペットのミニウサギの具合が、しばらく前から悪いからだ。
家には、雄のミニウサギと雌のチワワがいる。力関係でいうと、圧倒的にミニウサギが強い。ウサギとしては稀に見る気性の荒さを誇り、チワワに怯えることはなく、いつもは仲が良いが、いざ喧嘩となると蹴散らしてしまう。雌より雄が強いのは、残念ながらペットだけである。
そのウサギが、だいぶ前から鼻水を垂らしている。行きつけのアニマル病院のS獣医は、いろいろと診察した結果、たぶん歯の噛みあわせに問題があるのだろうと言う。一応、レントゲンを撮ってみた。やはり歯並びに不咬合が見られた。ウサギは一生、歯が伸びる。野生なら固い食べ物で歯が磨耗するが、ペットはラビットフードを与えられるから磨耗が緩く、外だけでなく歯茎の奥へも伸びていく。それが内部の何かを刺激している可能性がある、と説明してくれた。
「やっぱり干草などを食べさせた方がいいんでしょうか?」
「いや、これぐらい奥に伸びていると、かえって固いエサは苦しいでしょう。このままラビットフードを与えてください」
「この状態でも痛くはないんですか?」と娘が聞いた。
「痛みはないでしょう。歯の方も、えーと......」と言って、そこでS獣医はカルテを見た。
「いま6歳ですか。この種のウサギの寿命は7~8年ですから、歯の方も、あと1~2年ならもつと思います」
娘のカラダが一瞬こわばるのが分かった。「あと1~2年」という言葉に反応したのだ。
一つの記憶が蘇った。
娘が4歳の頃、たしか幼稚園の年少組のときだった。親戚に不幸があった数日後、一緒に風呂に入っていると、「**さんは、なぜ死んだの?」と聞かれた。歳をとって、体が弱って死んだのだと教えた。病気やケガをしなくても、人はいつか歳をとると死ぬんだよとも教えた。すると三女は、「みんな...? いつか...?」と聞く。「そうだよ」
湯船につかったまま彼女は黙ってうつむいていたが、やがて大きな声をあげて泣き出した。「みんな......?」という範囲に、誰や誰を入れて考えたのか分からないが、とにかく大声で泣きつづけた。そういう経験を「哲学の芽生え」と呼んでいる。人は誰もが死ぬという事実を4歳で知ることが早いのか遅いのか、それとも普通なのか、それは分からない。だか、遅くとも、数年以内には知ることになる。
アニマル病院を出て、車で帰っている時、娘はひとり言のように、「**さんの飼っていたウサギは13歳まで生きたんだよ」と言った。S獣医の言葉が、彼女の気持ちに小さなトゲのように刺さり、まだうまく抜けないのだろう。人は、他人の死にはシニカルになれる。しかし、人であれ動物であれ、自分に近しい存在の死、あるいはその死のイメージには感情を乱される。すでに高校生になった娘だが、ウサギの存在する時間をあと1~2年と規定してほしくなかったのだろう。
その夜、娘はウサギをケージに入れず部屋に放していたようで、ウサギの爪が床を掻くカチッ、カチッという音がずっと聞こえていた。その音は、やがて来る「いつか...」へ向かって時を刻む時計の秒針のようにも聞こえた。
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