「何か貴重品は入っていませんか?」
手荷物を渡すと、ホテルの従業員の女性が営業用の笑顔を浮かべて言った。
「現金で300万入っています」
すると彼女は、「えっ! アハハハ」と素っ頓狂な笑い声をたてた。
「現金で300万入っている」というのは、「貴重品は?」と訊かれた際の常套句である。
下らないリアクションだが、なぜかそう答えてしまう。
他にもいくつかある。
「ご出身はどちらです?」
「パリです」
たまに本気にする人がいる。真顔で言うんだから、信じる人に罪はないのだろうが。
「ほう、パリですか。いつまでパリに......?」
「父が大道芸人でしたので、ヨーロッパを根無し草のようにさまよいました。幼稚園はフィレンツェのラファエロ幼稚園。小学校はスウェーデンの王立グスタフ2世小学校、その後、パリに戻ってマリー・アントアネット中学からソルボンヌ付属第一高等学校を卒業しました」
健全な精神の持ち主は、途中で笑い出す。
「そりゃ、すごい。ハハハハ」
こうなれば、その後の会話は非常に円満、かつ円滑に進む。
だが、世の中、恐ろしいもので、時にはその大法螺を真顔で聞く人がいる。
こっちも話の成り行きで中止するわけにいかない。
「......で、大学は......?」
「西サモア大学です。荒川区の北千住にあります。電車で通える西サモアの大学って、知りませんか?」
「知りません。何を勉強されたんですか?」
「土木学部でした。道路標識を専攻しました」
相手は硬直し、自分の社会常識を総動員して話を検証する顔になる。
「冗談に決まってるじゃないですか、ちょっと、ちょっと」
そう言うと、一気に緊張感が解けた表情になり、しかし、もの凄く引きつった笑顔で笑ってみせる。
世の中、怖い。
こちらは「ホワイト・ライ(white lie =罪のない嘘)」のつもりなのだが、
さて、どう思われているのだろうか。